追憶の日常

想い出、過去、記憶

アガサクリスティ

アガサクリスティが好きだ。

彼女の作品はまだ読んだことがない。

彼女の言葉を知ることがあった。

内気で秘密主義な彼女に惹かれた。

ミステリアスなアガサクリスティ。

私も喋るのは苦手だけど、文章で表現するのは得意だった。歳を重ねるにつれて抱える秘密も増えた。傷ついて傷つけて生きてきた。

そして誰もいなくなった

「早く帰れ!」

そう思いかけてやめた。

彼女だって、彼女と話したいんだ。寂しいんだ。

自分のことばかり考えて、私と同じように彼女がこの場所からいなくなることを寂しく思う彼女の気持ちを無視するところだった。

最後は、誰も傷つかずに最後の時間を過ごし、お別れできたからよかった。

また会えるよね。今生の別れではないのだから。

臓器提供

考えていた。

もし自分の身に万が一のことがあった時、臓器提供の意思はどうしようか。

まず、親のことを考えた。もしもの時、自分の子供が臓器提供することを望むのか望まないのか。自分だけで決められることではないと思うし、決めてはいけないと思ってた。

今日、母に聞いたら、答えは「してほしくない」だった。

植物状態になった時、心臓は動いていてまだ生きているのに、本人が臓器提供意思表示カード等に臓器提供の意思があることを示していたりしたら、その家族は同意書にサインすることを求められる。サインした瞬間、本人は手術室に運ばれ呼吸器を外され、生きた状態で体を開かれ臓器を摘出されていく。

その時の残された家族の心情は計り知れない。

某人気医療ドラマでは、不慮の事故による臓器提供患者の家族は気持ちに折り合いをつけて受け入れる描写があるが、実際はもっと酷く打ちひしがれ泣きわめくようなものだろう。綺麗事では収まらない。

そんな話を母はした。

たとえ、臓器提供をすることで助かる人や命があったとしても、残された家族の悲しみや苦しみを考えればそれは臓器提供をしないという意思の理由として成り立つのだと思う。

私は大切な人の臓器提供の意思を尊重できるだろうか。

少なくとも、残された家族の気持ちを想像した私は臓器提供はしない。

 

チャンスやきっかけは不意にやってくる時もあるけど、自分で作らなきゃいけないと思った。そのためには自分から動く必要がある。じゃないといつまで経っても、いつかが増えていくばかりだから。

ここだっていうタイミングは絶対逃さないで勇気と行動力を持ってチャンスを掴みたい。あとは、ほんの少し頭の回転の良さも欲しいかな…

声に出す勇気

難しいものは難しい

できないものはできない

やりたくないものはやりたくない

 

つい相手の顔色をうかがって、相手の反応を恐れて言葉を飲み込んでしまったり無駄に予防線を張ってしまいがちだけど、ちょっと勇気を出して声に出すことがだいじ。

相手の反応を気にしてたら何も言えなくなっちゃうから。