追憶の日常

想い出、過去、記憶

作り話

中2の夏、合唱コンクールの練習で放課後の教室にクラス全員が集まる。

今日もやたら笑顔で歌うことにこだわっていた。何を思ったか、パートリーダーのMが笑顔で歌えた人から順に抜けていくという形式で練習を始めた。

ソプラノパートで歌に集中しつつ、自分では笑ってたつもりだったんだけどなかなかOKをもらえず、何度目かの歌い終わりでパートリーダーの「女子、Tちゃん以外OK」という言葉が聞こえた。私以外の女子が抜けていった。男子はまだ数人残っていて、女子は私一人でなんともいえない気持ちになった。

このままだと公開処刑にされてしまう。

それだけは嫌だと思ったので一か八かの賭けに出た。

挙手して「すみません、一分だけ廊下で心の準備をしてもいいですか?」と申し出た。

パートリーダーMは一瞬、私が逃げる気じゃないかと疑いの目を向けたが、私は怯まず「みんなに見られると緊張しちゃって」と真剣な目で訴えた。Mは「いいよ、一分ね」と言った。

「ありがとうございます」と会釈し、私は廊下に出た。5秒だけその場にとどまってから足音をたてずに階段へ向かって歩いた。

踊り場からは走った。昇降口までダッシュした。急いで靴を履き替えて、窓から見つからないルートで正門まで走った。

正門を出てすぐの下り坂を駆けおりた。

脱出成功した喜びで胸が高鳴った。荷物は教室に置いてきたけどまあいいや。

何が悲しくて男子に混じって歌わされなきゃいけない。笑えなかったくらいでばかばかしい。公開処刑なんぞにされてたまるかっつーの。今頃、逃げられたことに気づいてざわついてるであろうクラスメイトやパートリーダーMを心の中で嘲笑った。…とはいえ私も本当は小心者で、心の準備を申し出てから脱出成功までの間、ずっと心拍数があがっていた。パートリーダーMに疑いの目で見つめられた時はヤバイと思ったが、さすが私と自分の演技力を自画自賛した。

帰り道で、公開処刑にされそうになったというモヤモヤした気持ちと逃げてやったというやってやった感が交錯した。家に着いてからは担任から電話があった以外はいつもどおりだった。担任にはパートリーダーMからの理不尽な仕打ちがあったことと合唱コンクールが終わるまで登校しない旨を伝えた。

 

次の日から合唱コンクールが終わるまでの間、学校は休んだ。気まずいし、嫌な思いしてまで合唱練習したくないし。たかが合唱コンクール。私がいてもいなくても変わらない。

合唱コンクール後、クラスメイトやパートリーダーMは登校してきた私に何も言ってこなかった。なんとなくぎこちない空気が流れたがそれだけだ。

別に後悔などしていない。私は悪くない。今まで真面目に練習に取り組んできたのにあんな仕打ちを受けてまで参加続行する義務はない。理不尽な仕打ちに静かに抵抗しNOを告げただけだ。これまでは真面目で温厚なキャラで通っていたが、あの日を機に私は冷めた一匹狼と化した。…なーんて作り話。本当はこんなふうにしてみたかった。公開処刑なんてされたくなかった。